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 このソファの高さは、ベストだったな――。
 艶やかな黒髪を乱し、快楽に溶けはじめた恋人を揺さぶりながら、克哉はふと思う。
 己の部屋をオフィスと同ビルの上階に決めた時、克哉が最も心を砕いたのは、他でもない自室のインテリアだった。
 オフィスについては、もっぱら機能性と利便性を重視し、極力シンプルに誂えた。
 いずれ社員が増えることなど容易に予想されることではあったが、まずは御堂とふたり目の前の仕事に掛かることが最優先事項であったため、机ふたつに最低限のOA機器、パーテーションで仕切った来客用スペースを用意するのみに留めた。
 仕事優先で他の事柄はほとんど省みなかった克哉と比べ、もともと世に数多ある美しい美術品と上質な暮らしを知っていた御堂が何かと気を配り、今のアクワイヤのオフィスは社長である己の目から見ても最良の空間となっている。
 緊張と幾許かの疑心を覗かせてやってきたクライアントが、清潔感と活気あるオフィスの雰囲気に、随分と安堵し信頼感を増しているのが手に取るように解る時がある。そんな時、御堂という人間が元から持つ性質の美しさに感心し、自分はなんと得難い人を恋人にしたかと思うのだ――。
 それはさておき、オフィスにはほとんど心を砕くことのなかった克哉ではあったが、一方で己の部屋のインテリアには随分と拘りを見せた。
 若手企業家向けのセミナーで知り合ったインテリアコーディネーターの意見も取り入れてはいたが、やはり脳裏に浮かぶのは、御堂が手放した、彼のかつての住まいだった。
 部屋の調度ひとつひとつに、住む人間の拘りが解るほど、緻密に計算された部屋。
 あの日、克哉が御堂を最初に組み敷いたソファでさえ、御堂にとっては愛すべき品だったのだろう。それを思うと、たびたび御堂を迎えることになるだろうこの部屋は、恋人にとって絶対的に心地良い場所でなければならないと思った。
 一年の空白の後出会った御堂について、己はほとんど何をも知ってはいなかった。
 体の隅々まで犯しつくした筈が、どんな色を好み、どんな手触りを愛し、どんな柔らかさを欲するのか全く見当もつかない自分を発見した時には、少なからず狼狽したほどだ。
 増して、己が散々凌辱の限りを尽くしたあの部屋を模して良いのかも解らず、克哉は幾度も己の内側と対話する羽目になった。滑稽と言えば滑稽だが、そこまで相手を気遣う自分が、今更ながらに御堂を愛しているのだと実感したほどである。
 だからこそ、御堂が克哉の部屋を見回して『いい部屋だな』と告げた時には、背筋が震えるほどの喜びを感じずにはいられなかった。この部屋に合う絵を選んで欲しい、と喜びを押し隠して強請れば『ああ。引っ越し祝いに贈ってやるさ。……手伝いが出来なかった詫びも兼ねてな』と半ば嫌味を込めてだろう返され、改めて御堂を抱き締めてご機嫌を取ったのはしばらく前だ。
 
 ぎし、ぎし、と僅かな音を立てるソファの上で、御堂が右に左に身を捩る。その細い腰をしっかりと掴んで、耳に心地良く響く軋みと、重なる嬌声に身を浸した。
 床に敷かれた毛足の長いラグにより、膝の痛みを感じることもほとんどない。肩の上で跳ねる長い足の、硬い骨。擦り付けられるくるぶしの危うさと、時折感じる踵のなめらかさ。そんなものに煽られて、克哉の欲情も否応なく高まっていく。
「ああ……ん、んん、佐伯……そこっ!!」
 駄目だ、と掠れた悲鳴が心地よく耳をくすぐる。御堂の声は克哉の内で燃え盛る炎をますます煽り立て、さらなる激しい動きを誘うかのようだ。御堂自身に自覚はないだろうが、普段は硬質で気品すら感じる彼の声が、こうして抱き合うときばかりは甘えを含んで乱れる。それが克哉の内になんとも言えない優越感をもたらすのだ。他の誰にも見せぬ姿を自分にだけ晒し、高まっていく恋人。それが誰をも寄せ付けぬ孤高さと美しさを併せ持つ男だというのだから、ひとりの男としてこんなにも心が満たされる瞬間は無いだろうと思う。
「いや、あっ……、あ……っ、んあっ」
 無意識にずり上がろうとする背を引き戻し胸の突起に口づければ、声にならない嬌声を上げて繋がった箇所を引き絞る。そのあまりの快感に、うっかりすれば達しそうになる己を戒め、無理やりに口の端を上げた。
「……くっ、駄目じゃないですか、御堂さん。そんなに締め付けたら、俺のほうが持たない」
「馬っ鹿……。ああ、う、くう……ん」
「ほら、そんなに暴れると、頭をぶつける」
 長身の御堂には、このソファの幅は狭すぎる。
 しかしややもすれば尻から落ちてしまいそうな危うさが、より御堂を煽っているのだろう。本人はそうと認めないが、御堂の身体が危うい状況での情事ほど感じることを、当然克哉は熟知していた。
 ベッドでゆっくり溺れるのも良いが、こめかみの痺れるような緊迫感の中、理性と欲望の狭間を彷徨いながら堕ちてくる恋人もまた格別なのだ。克哉がオフィスでのセックスを好むのは、なにも己の偏った嗜好のせいばかりではない。……御堂が聞けば、勝手なことを、と罵られるだろうが。
「御堂さん、ほら、すごい音……そんなに寂しかったんですか? 今日の休日は」
「知ら、ない……っ」
「正直に言えば、もっと良くしてあげますよ……?」
 くんっ、と御堂の好きな奥をついてやれば、ひっと声を上げて御堂が息を呑む。
 互いの先端から溢れるモノでいやらしい音を立てる内側が一瞬強張り、続けてうねるように動き始めた。柔らかに濡れて克哉自身にまといつく秘所が、もっともっとと正直に強請る。
「あ……っ、あ……っ、だめ、克哉、恥ずかし……!」
「イイ、でしょう? 孝典さ……ん、嘘はだめ、ですよ?」
 気を抜けば達してしまいそうな気持ち良さの中で、尚も御堂を攻め立てる。もう少し御堂と繋がっていたい。この心から愛する人を、いつまでも抱いていたい。


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