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苦しいほどの快楽で涙を溢れさせていたのだろう御堂が、縋るように手を伸ばしてくる。しっかりと手を握りしめて、頬に押し当てる。それだけでは足りずに指、甲、掌に口づけを落とせば、克哉の仕草を目で追いながらふっ、と笑みを見せる。
「……? どう、した。御堂?」
向けられた笑顔の意味が解らず問いかけると、恋人は我に返ったように二、三度目を瞬かせた。その幾分子供じみた仕草に愛おしさを掻き立てられ、頬を包むように触れた指先に、長い睫がちくりと当たる。
「いや……」
「……ん?」
動きを緩やかにして問いかければ、御堂が心地よさげに背を逸らす。
中にいる克哉をじっくり味わうかのように瞼を閉じ、感じ入った吐息を漏らす様が、何とも言えず艶めかしい。やがて、静かに待つ克哉の気配に気づいたかのように目を開けると、光の加減では紫にも見える瞳が覗いた。照れの入り混じった瞳に引き絞られるほど心臓が痛み、御堂が愛おしい、と音を立てる。
「簡単に言えば、幸せだ、と思ったんだ……」
「……っ」
ふいに告げられたひと言に、らしくもなく動揺する。
思わず赤くなりそうな眦を押し隠し御堂をまじまじと見つめれば、『あまり見るな』と、照れくささからだろう。顔を背けた。
「……貴方は……」
言葉が続かない。
プライドが高く、己を律することにも長けている。年下の自分を気遣ってなのか元々持つ性質のせいなのか、なかなか本音を言うことのない年上の恋人。そんな過ぎるほどに意固地な御堂が、時折驚くほど素直になる。
頬を染め、瞳を潤ませて。
まるで、ささやかな秘密でも打ち明けるように。
その瞬間、衝動は克哉の内側を荒れ狂う。際限のない欲望と共に、恋情などと言った甘ったるいまやかしを遥かに凌駕する。
それは、渇望だ。
御堂への恋は、いつでも痛みを伴う。果たす前も。叶った後も。それは『ふたり』が『ふたつ』である故に、いつまでも克哉を苦しめるのだ。喰らい尽くしてしまいたい、いっそ溶け合ってしまいたいと願う自分を知っている。
「佐伯……?」
動きを止め、俯いたままの克哉に不安を覚えたのだろう。
狭いソファに肘をついて起き上がろうとする御堂を押し潰し、その背をぎゅうと抱き締めた。
御堂の胸に落ちる自分の髪すら、気持ち良い。抱き締めれば、溢れそうな幸福が込み上げる。鼓動を感じれば、胸が高鳴る己を止められない。
御堂孝典、この人だけが、自分を揺り動かす。自分を目覚めさせる。
貴方こそが、己の人生。
他に道などなかった。
「それは、俺の台詞だ」
「え……?」
「貴方がいたからこそ、俺が『居る』んだ」
「さえ……? ああっ……待っ……」
言葉を繋ぐことは許さなかった。
このまま聞いていれば、幸福に溺れ死んでしまいそうな気がした。
急激に揺さぶられ、気持ちの追いつかなかったであろう御堂も、高まっていく。
克哉の激しい動きに振り落とされないよう、しっかりと背にしがみつき、脚を絡めている。
腰の動きが淫らさを増し、繋がった秘所が湿った音を響かせる。
「孝典……孝典……ふっ」
「か……つや、ああっ…、克哉、うあ……ん、いい、そこ……っ。ああ、激し……」
「気持ちいいか?」
「うあ、ん……いい、駄目、イク、克哉」
首を左右に振り、御堂が高い声を上げる。涙がはらはらとこめかみを伝い落ちて、艶やかな髪の中に消えていった。
克哉は唇で涙の線を追いながら、御堂の後頭部をしっかりと抱きかかえ、耳元に口を寄せた。
「……御堂」
二十五の歳に貴方と出会い。
「ああ、ん。克哉、克哉、もう……だ……め……っ!!」
恋をした。
他に誰もなかった。
抗う術(すべ)もなく、貴方しか見えなかった。
「御堂、愛してる……!!」
手を罪に染め、逃れられない咎を背負ったとしても。
ただ、貴方だけ。
――それは、なんと幸せなことだったのかと。
「佐、伯……あっ、ああっ!!」
「……くっ……」
激しい絶頂に涙を散らす御堂をひしと抱き締めながら、克哉も己を解放する。魂までもひとつになりそうな快感の余韻を、ふたりで分け合いながら。
喪心するように寝入った御堂をベッドに運び、身を清める。
小さく声を漏らした恋人は、それでも目を覚ます気配も無く克哉の腕に身を任せていた。風邪を引かせぬよう柔らかな上掛けでふわりと包めば、御堂がくしゃりと端を握りしめ頬を寄せる。意外なその可愛らしい仕草に驚き、体を倒して先ほど口づけた薬指に再びキスを落とした。
「……ん。か、つや……?」
「おやすみなさい。御堂さん」
「ああ。おや、すみ……」
一瞬目を開けたものの、再び眠りの世界に落ちていく御堂を見ながら、ふと思う。
今月末に待つ御堂の誕生日には、『永遠』をプレゼントとしてみようか、と。
恐らく照れて、恥ずかしがって、素直でない文句を言って……。それでもこの綺麗な薬指に独占と約束の証を贈る自分を、許してくれるだろうか。この欲深な己を。
秋という季節が好きだ。
御堂と出会った秋が。そして再会した冬が。苦しみを乗り越えた春が。……御堂は夏が苦手だと言っていたけれど、共に居ればきっと好きになるだろう。これから、いくつもの季節を二人で迎えるのだから。
音を立てぬようベッドにもぐり込み、温かなその身体に腕を回す。
滑らかな首筋を感じれば、眠りの気配が心地よく忍び寄る。宝物のように傍らの人を抱き締めると、昼間見た色とりどりの紙吹雪が克哉の脳裏に浮かんで、消えた。