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 さすがに驚いた克哉が瞳を覗きこめば、荒い息に胸を喘がせたまま、潤んだ瞳に睨まれた。
「だから……やめろと……言ったのに!」
 乳首の敏感な御堂ではあったから、たびたび克哉の執拗な愛撫の的になっていたことは確かだが、いままでその刺激だけで達したことは無かった。
 もともと感じやすい性質(たち)ではあったし、かつて克哉に散々弱みを探り出された躰ではある。互いの想いを確かめ合った夜から、重なるたびに敏感になっていくのを感じてはいたが、思わぬ褒美に克哉は笑み崩れるのを止められない。
「御堂さん……最高の『お返し』ですよ」
 滑らかな胸に飛び散った御堂の迸りをぺろりと舐めれば、カーテン越しの陽射しのせいばかりで無く真っ赤に染まった頬のまま、後ろ頭をはたかれた。
「もう。君は……。どけっ!」
 押し返そうとする腕は、快楽の余韻で震えている。愛おしい体を押しつぶすように抱きしめて、克哉は朱に染まった耳元に囁きを落とす。
「駄目です。こんな可愛い貴方を見せられて、俺が止まるとでも?」
 優しく唇を啄めば、御堂の腕がぴくりと動く。そのまま逡巡するかのように克哉の脇下を行き返りしつつ、結局は深くなるキスを更に強請るような仕草で背に廻された。そんな素直な恋人により愛おしさを掻き立てられ、ひとしきり唇を堪能した後で、宥めるように口づけを解く。
「あ……さえき……」
「じっくり、最高の快楽をあげますよ」
 体を起こすと、ベッドサイドに置かれた眼鏡を取り上げる。御堂の視線が追うのを感じながらいつも通り鼻に乗せると、そのままゆっくりローブの上半身をはだける。
 次第に強く差し込む光の中で右の肩を晒せば、逞しく張った胸に御堂の視線が釘付けになった。続いて左も引き下ろせば、喉仏が動くのが見て取れる。無意識のうちに鳴らしたのだろう喉をゆっくりと辿り上げれば、御堂の目が誘うように眇められた。
「それは、楽しみだな」
「……あんまり、煽るな。俺も余裕が無いと言ったろう?」
 性急に御堂の後ろにローションを垂らす。バレーをやっていたために節の太い克哉の指が一本、二本と入りこむのに、苦しそうな息を漏らす唇を、励ますように舐める。御堂の息が甘く溶けていく。
「んっ…んう……くっ」
「息を詰めるな。ほら、俺を感じて。気持ちいいとこだけ、感じて」
 一回達したためか、今の御堂は随分と敏感になっているようだった。中の僅かな刺激にも反応して、体を強張らせる。恐らく既に辛い程の快楽を感じているだろう恋人に甘いささやきを繰り返しながら、克哉は思い切って指を抜き去った。
「いいか? 挿れるぞ」
 もう言葉もなく、こくりと頷くだけの足を大きく開かせて、克哉は御堂の中にゆっくり自身を突き入れていく。
「……くっ……」
 割開く肉の感触は、最高の締め付けと熱で克哉を蕩けさせる。最奥まで含ませた瞬間に、自分のほうがあやうく達しそうなほどの心地よさに、唇を噛みしめた。
「最高ですよ、御堂さん。貴方は……本当に」
「……君も、な……」
 苦しさの下から、御堂は微笑む。細められた眦から、すうっと一筋涙が零れ落ちる。
 快楽からと解るそれを追って、克哉は御堂に口づける。御堂は満ち足りた表情でそれを受けると、テンプルの乗る耳元に唇を寄せた。
「来年のバレンタインは期待していい」
「……貴方がくれるんですか?」
「ああ。もちろん。……返品は、きかないがな」
「チョコだけじゃ嫌ですよ」
「我が儘なヤツだ」
「嫌いですか?」
「……っ好きに、決まってるだろう……馬鹿」
 今度こそ素直に返された問いに、克哉も破顔する。御堂だけに向ける笑顔。他の人間は知らなくて良い。恋人だけに許された距離と、ふたりだけの秘め事。
 密やかに笑いあい、隙間ないほど互いを抱きしめては口づけを交わす。余す所なく咥内を味わって、飽きることなく舌を絡めあう。
 痺れるほど睦み合った舌先が、過ぎる快楽に震えている。それでもまだ離せずに、互いの雫を交わし合った。手がせわしなく互いの背を行きかう。
 じっとしていた筈の腰がゆるゆると動き始め、ベッドの軋む音が絶え間なく響いた。
「ああっ……んっ……んう。か、つや……っ」
「孝典……」
 御堂の掌に指を絡ませ、顔の横で縫い止めたままぐっと腰を入れる。御堂の甘く掠れた悲鳴が、耳元を喜ばせる。
 飽くことなく繰り返された口接けが、胸に消えない火を付けた。ちりちりと揺れていた炎は、ほどなく体中を巡る。御堂への愛おしさが、紅蓮のように克哉のうちで燃え盛っていく。
「孝典……好きだ…っ」
「ああっ、い……い、克、哉……あっ、あっ、や、私、はもう」
「……ああ、俺も、だ」
 のど元を滴る汗が、御堂の胸に落ちる。腰の動きが激しさを増し、淫らな音と御堂の快楽に解けた声が混じり合う。もはや互いの他に世界はなく、陽の当たる明るい中で、背徳的な情事にひたすら酔う。 
「だめ、だ……めっ。克……!!」
「……っ!」
 息も止まるほどの愛おしさを分け合って。
 ベッドの上で、ふたりはじっと抱きしめ合ったまま、快楽の余韻を貪った。ふたりで過ごす初めてのホワイトデイ。あの雪の夜から数か月。深くなるばかりの想いと共に、傍らに在った恋人(ひと)に、もう一度キスを。

「……今日は一日、ベッドの住人というのはいかがですか? 御堂さん」
 骨まで溶けるほど甘い声で囁けば、こつん、と軽い拳の感触。
「それは……さすがに節度がなさすぎるだろう」
 生真面目な恋人が至極まじめな顔で返すのに、そっと頬を膨らませる。くく、と小さく笑みを漏らした御堂が、克哉の頬を突いた。
「まったく君は……子供みたいだな」
「ええ。貴方よりも子供ですから」
 『まあ、菓子よりこっちのほうが好きなくらいには、大人だけどな』含みを持たせて腰を撫で上げた克哉に、年上の大人な恋人は頬を赤らめて、眦を釣り上げた。そのまま頬を抓ろうと伸びてきた指先を捕まえて、克哉はもう一度、すべての感謝を込めて、御堂の唇に熱心なキスを贈った。




END


 

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