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「君には、ライバルが必要だ。互いに切磋琢磨しあい、成長出来る相手がね」
 そこでふっと言葉を途切らせると、大隈はゆっくりと御堂と目を合わせた。”解っているのだろう?”というかのように。もちろん御堂はその言葉の先を知っている。大隈が口にしようとする名も。
「……本城くんのような存在が、な」
 足元から崩れ落ちそうな衝撃を感じながら、それでも御堂は踵に力を込めた。大隈を見つめること、数秒。瞳にだけ不快の色を乗せる。
「失礼します」
 一礼し、踵を返した。大隈の執務室を辞する際、自分の指先が震えているのに気付く。声が無様に震えて居なかったことだけを願った。大隈付きの秘書が、僅かに驚いた顔で御堂を見送るのが目の端に映る。
 本城と佐伯だと?!
 比べられるものか。並べられるものか。
 己にとっては同列に扱うことなど出来ぬ存在に、御堂は指の先が白くなるほど手を握りしめた。
『"Gagne la mort avec tous tes appetits, et ton egoisme et tous les peches capitaux.(貴様の欲望と、エゴイズムと、すべての大罪を抱えて死んでしまえ*)"』
 噛みしめた奥歯のせいで痛み始めるこめかみを感じながら、御堂はもう幾度繰り返したか知れぬ言葉を、もう一度胸の内でつぶやいた。そう、それはまるで、呪詛のように。

 
 しかし佐伯は、正式にMGNの社員となってからも、一向に御堂の前に姿を表さなかった。彼が営業2課に配属されたのは、もちろん知っている。
 大隈の様子では開発部に廻されてくるものと心中穏やかでなかった御堂にとっては、拍子抜けした格好だ。プロトファイバーが完全に軌道に乗るまでは、御堂と克哉が同一チームに入るのは妥当な所だろう。だがその分掌を完全に分けることで、上司である御堂の面目を保つと同時に、「MGNに拾われた」佐伯の処遇をはっきりして見せたに違いない。大隈なりに、御堂の無言の抗議に配慮した結果なのだろうか。もっとも、他の計算が働いていないとは全く言い切れないが。
 ”競い合わせる”心積りだと大隈ははっきり語っていた。
 MGNで取締役の道を歩むには、開発部を経験せねばならない。それは社内に身を置く人間ならば誰もが知る所だ。だからこそ、最年少で開発部の部長に抜擢された御堂は一目置かれる存在であるし、佐伯も当然開発部に来るものと思っていた。
 その辺り、佐伯の採用に関して上層部の意見が割れているところなのかもしれぬと御堂は思った。だが、自分の直属の部下で無いというのなら、幾分か心は軽い。それに――。
 佐伯の採用が決まってからというもの、御堂はもう一つの可能性を考えていた。
 彼の持つ記録メディア。忌わしき小さなカード。
 本人が何処ともなく去ってしまっては、あれを取り戻すことは出来ない。しかし御堂の目の届く範囲に彼が居るというのならば、画像の流出に怯えて暮らすことも無いだろう。
 仮にもMGNに籍を置くのならば、佐伯とてそこまでの無茶はすまい。佐伯の残忍な気性を思えば「絶対に」とは言い切れないが、少なくとも自分の預かり知らぬとことでの危険に気を病むこともないだろう。
 どうにかして、あのデータを奪い返さねば……。
「営業2課の佐伯さん。入社早々、もの凄い人気だよね」
「当然でしょ。背が高くて、仕事が出来て、おまけにあの容姿だもの。あ〜営業部のコ達が羨ましい」
「この間、営業の子に佐伯さんのことリサーチしたら、しっかガードされちゃった」
「普段、御堂部長と仕事が出来るってだけで、憎まれてるもんね。あたし達」
 そうそう、と同意の声が聞こえる開発部を眺めながら、眉間に皺が寄るのを止められない。
 悲壮とも言える御堂の決意と裏腹、本人は顔を出すどころか、直接の挨拶もないことがますます御堂を苛立たせる。
 聞こえてくるのは女性社員から佐伯への賛辞と陶酔、そして同僚からの妬みにも似た仕事ぶりへの評価ばかりで、端正で酷薄な佐伯の横顔を薄っすらと思い出せば、御堂の溜息は不機嫌の色を増すばかりなのであった。





*ランボー『地獄の季節』より

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