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  久方ぶりに顔を合わせた佐伯は、当然のことながら最後に会った彼となんら変わるところはなかった。
 それでも、MGNに籍を移した高揚や安堵にも似た感情を彼の中に期待していた御堂は、はっきりと失望を味わうことになった。やはり佐伯は、どこにいようともその本質を変えることはないのだ。もし佐伯の中に、大手企業に勤務する誇らしさや失職を免れたという人並みの安堵感を見出すことが出来れば、その微かな人間らしさに御堂も胸のすく思いがしただろう。
 しかし今目の前でプロトファイバーの実績報告を続ける佐伯には、微塵も変化は見られない。その冷静さは同じ企業人として感嘆すべきところはあれど、社会人として己を培ってくれたキクチへの感情を少しも見せない冷酷さは、彼の本質をそのまま映し出しているようにも見えた。



「……以上、各販売店の仕入傾向及び売上の分析報告を終わります。ここまでの内容で不明な点等あれば、挙げて頂けますか」
 佐伯の歯切れ良い説明に聞き入っていた各担当者が、改めて手元の資料に目を落とす。
 キクチの倒産を受け、プロトファイバーは新たな局面を見せることとなった。当座、キクチの8課がそれぞれに持っていたルートを、MGNの営業二課が引き受ける。それはその部署に佐伯が配属されているためだったが、新たに子会社の営業を使わないという判断を下したのは専務の大隈だった。
 キクチの廃業には、未だキナ臭い噂も多い。
 事実、担当替えを余儀なくされた各販売店や小売りの中には、明らかに不信感を抱くものも少なくなかった。取引先が突然に消えたのだから、その影響が自社に及ぶのを恐れ、一時期はプロトファイバーの仕入を手控えた担当者も居ると御堂も報告を受けた。
 だからこそ、親会社であるMGNが自ら取引を手掛けることで、商品に対する信頼を回復しようというのが大隈の言い分だった。
 しかし――。
 長年、大隈の下でその剛腕を見てきた御堂にとって、大隈の腹の内を読むことは造作もなかった。
 大隈は、佐伯の力量を図ろうとしているのだ。そしてもし佐伯がこの難局を乗り切ることが出来たなら、それは佐伯の実績にもなる。引いては、佐伯をMGNに引き抜いた大隈への評価にも。佐伯にも大隈にも旨味のある、判断。
 それでも、これほど勝負のはっきりした賭けもないだろうと、御堂は苦り切った心中で考える。スペードの10からキングまで手札にありながら、次はエースが出ますよと宣告されたカードゲームのようだ。
「では、この事項については以上で宜しいでしょうか、御堂部長」
 提示されたいくつかの疑問に淀みなく答えていた佐伯が、突然御堂に話の矛先を向ける。
 それは、会議を招集している責任者が御堂であるということ、このプロトファイバーの責任者が御堂であるということを考えれば当然のことなのだが、なにを思うでもなく佐伯に憎しみばかりを募らせていた御堂は、心の内を見透かされた気がして一瞬たじろいだ。
「……ああ、問題ない。進めてくれ」
 御堂が上の空だったことなど、お見通しなのだろう。
 薄い光彩の瞳をわずかに細めた佐伯が、試すように小首を傾げた。それに続けろと居丈高に顎でしゃくって見せれば、口元に笑みを上らせて余裕の笑みを見せる。

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