6

「……仕入れ担当者ごとの特徴は、それぞれ資料末尾に添付してあります。個々にお知らせしたほうが良いと私が判断した事項については、追ってお伝えする機会を持ちたいと存じますので……」
 そこで佐伯は一旦言葉を切る。
 何事かと顔を上げた一同を順次見回した後、口元に意味深長な笑みを上らせながら、ゆっくりと口を開いた。
「どうぞ、宜しくお願い致します」
 器用に片眉を上げた仕草が、憎らしいほどに魅力的だ。
 これで佐伯は、営業二課の担当者ひとりひとりと「秘密」を共有するという意識を作り上げた訳だ。
 確かに足で稼いだキクチの内部資料は、ペーパーでもデータにも乗ってこない貴重な情報と言える。それは統括マネージャーである御堂すらも手に入れることのない、財産だ。各店の担当者にも、クセがあり、特徴がある。それを活かして仕入数を増加させるのが優秀な営業マンと言えるだろうが、現在のMGN営業二課にそのノウハウは無い。
 キクチの8課に在籍した課員が、すべての情報を共有していたとは思わない。それでも、プロトファイバーの売上いかんによって己の命運も左右された立場であれば、それなりに課内の風通しが良かったと思うのは自然だ。もっとも佐伯のように個人行動を好む男が、どれほど他のプロパーと接触があったのか疑問に思う所ではあるのだが。
 
 佐伯が正式にMGNのメンバーとなってから初のミーティングは滞りなく進み、あとは細かなスケジュールを詰めるのみとなった。ここから先は、御堂と佐伯の仕事である。散会した会議室からわらわらと出ていく社員を横目で見遣り、佐伯が御堂に近付く。
 びくり、と己の体が震えるのを感じ、御堂はそうと知られぬように眉間にしわを寄せた。不自然でない距離を開け、脚を高い位置で組む御堂の傍らに、佐伯が立つ。
「……では、御堂部長。後ほど執務室へ伺います。お時間は何時が宜しいですか?」
 にこやかな笑みに悪意を潜ませて御堂を覗き込む、ガラス越しの色彩薄い瞳。
 ―――悪魔はきっと美しいのだ。
 震えそうになる背筋を伸ばし、御堂は敢然と顎を上げて見せた。こんな男に負けるものか。
「ああ。昼まで広報と打ち合わせがある。その後ならば、少し時間が取れるだろう」
「少し、ですか?」
「……君と長話をする気はない」
「それは残念。では……話以外ではいかがでしょう?」
 弾かれたように見上げれば、いつもの人を喰ったような笑みで見つめる佐伯と目が合う。獰猛な肉食獣にも似た鋭い瞳に怯えを感じそうになりながら、御堂はその視線を撥ねつけた。
「戯言を言う暇があったら、仕事に戻れ」
「つれないですね。まあ、今はいいでしょう……ああ、失礼。大丈夫ですか」
 大げさなほど肩をすくめて見せた後、佐伯は意外なほどあっさり背を向けた。
 そのまま会議室を出ようと歩き始めたところへ、片づけのため入室してきた総務の女子職員と肩が触れそうになる。衝突を瞬時の判断で避けたまま、相手に優しい心配りを見せた。喜びと照れの入り混じった表情で嬉しげに見上げる細い背中を見つめていれば、向こう側に立つ男が意味ありげな視線を寄越す。
 不愉快を眉間に込めて目を反らせば、楽しげに口の端を歪めるのが気に入らない。
 手元の資料を繰っていれば、なんと話をしたものか、さりげなく女子職員の背に手を添えながらふたりが出て行くのが目の端に映る。ぱたりと扉が閉まったのを確認し安堵のため息を漏らした自分がなんとも口惜しく、御堂は手元の資料をくしゃりと握りつぶした。
 

inserted by FC2 system